分かたれた家系
泉谷家と、清水家、二つに分かれた家系。
泉谷は神事などの『光』の行事を、清水家は暗殺など『闇』の仕事をそれぞれの生業としてきた。『光』と、その陰に潜み光を守る『闇』。二つの家系は完璧に別のものとなっていた。
泉谷家の神社を継ぐ者にのみ、影の家系清水家の存在が明らかにされる。
泉谷家の末裔 泉谷 渓 と 清水家の末裔 清水 潤
同じであって違う血筋の、二人の出会い。
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「はじめまして、十代目泉谷家当主様。」
清水潤に会ったのは、12歳のころだった。
居並ぶ親族たち、ろうそくの灯が揺らめく怪しげな神社の間。
十代にもおよぶ長い歴史を持つ神社の、格式ばった儀式。
潤は渓の祖父が彼の身の上を説明している間、ずっと畳に額を押し当てていた。
「渓、成人した暁に教えておきます。これが清水家のものです。
泉谷家の歴史を陰から支え、そして影のまま生きていくものです。」
「清水 潤と申します。以後お見知り置きを。」
顔をあげた彼に、見覚えがあった。
「うむ。」
儀式的に答えたが、本当は飛びつきたいほどなつかしかった。
渓が子供のころ。
特に体が弱いわけではなかったが、極度の潔癖症のため外に出ることがほとんどなかった。
家の中でビー玉を転がしたり、本を読んだり、庭の植物の成長を見守るのが日常だった。
「いやです、学校に通わせるなんて!渓まで失ったら、私...」
奥の部屋から母の声が聞こえてきた。
物心ついてしばらく、言われ続けてきたこと。
外の世界は危ない。
汚いものは触ってはいけない。
ほとんど記憶もない遠い昔、少しの間だけうちにいた小さな女の子を思い出す。
彼女も外の世界に遊びに行って、いつの間にかいなくなってしまった。
母によると「汚いものに触ったから」で、
それを聞いて以来渓は汚いものに触れなくなった。
なんだかんだで、渓は学校に通うことになった。
正直外の世界は怖かったし、人とかかわるのも苦手だったが、
祖父の一声で学校に行くことに決まった。
入学式の途中で、気持ちが悪くなって保健室に行った。
白いカーテンに白いシーツが、なんとも気分を落ち着かせる。
ふと、ベッドのわきにだれかが立っていることに気がついた。
「...誰ですか?」
背が高い、上級生だ。
「君こそ誰だい。せっかくここで寝ようと思ってやってきたのに。」
「...サボる気ですか。いけないんですよ。」
「チビのくせに、口うるさいね。」
彼は怒るわけでもなく、笑って言った。
これが泉谷渓と清水潤の、本当の最初の出会い。
以来潤は、なんだかんだいろいろ渓の面倒を見てくれた。
学校の校庭で走る潤の姿を見て、走るのが怖くなくなった。
ある時、渓が潤に尋ねる。
「潤は、僕と同じ髪の色ですね。」
「うん。まあね。」
「水色…珍しいってよく言われません?」
「...何、そのことで何か言われてんの?」
「そんなことは...」
ないわけではなかった。
悪意があるわけではなかったけど、珍しいとか、変わってるとか言われた。
「渓。」
潤が、渓の肩にそっと触れる。
「確かに君はちょっと変わってるし、潔癖症だけどね。
気にしないでいいよ。小市民は細かいことを気にするからね。それに―――」
肩に置いた手に、力がこもった。
「俺が君を守ってあげるよ。言っとくけどこれは、俺個人の勝手だから。
―――...なんて関係ない。」
最後のところは聞き取れなかったけど、彼が渓を守るというのが本気なのがわかった。
潤は時々凄くいい笑顔をする。
その時の潤は、とても優しい笑顔を浮かべていた。
潤が卒業して、潤に会うことはもうないと思っていた。
その潤が、今目の前にいる。
「潤!!」
儀式が終わって、誰もいない鳥居回廊の近くで彼の名を呼ぶ。
潤が、やわらかい笑顔で渓を迎える。
「どうしたんですか、泉谷様。」
「そんなの、やめてください。前みたいに渓、と呼んでください!」
「まさかそんなこと―――」
「できる人でしょう?あなたは。」
潤のやわらかい笑顔が、ニンマリ顔に変わる。
「わかってるじゃないか、渓。」
「ばれなけりゃいいとか言って、保健室でしょっちゅうサボってた人ですからね。」
顔を見合わせて、くっく、と楽しそうに笑う。
「言っとくけど―――九代目の前ではちゃんと呼ぶから。」
「ええ。じい様はそういうことうるさいですからね。」
思わず潤に手を差し伸べる。
「触らないように。俺は、お前の家系では《穢れ》なんだから。」
「《穢れ》?潤が?」
「うん。触ると、死ぬよ。」
「やめてください、もう子供じゃないんだから。」
潤の手を、渓の手が握る。
相変わらず、大きな手だった。
「まあ、守ってあげるよ。仕方ないよね、これも仕事だから。」
「また、意地悪な人ですね。」
あの時潤が言おうとしたこと。
守ってあげるよ。血筋なんか関係ない。
彼の素直な言葉が聞けるのは、めったにない。
「しっかり守ってくださいよ。仕事なんですから。」
「君も生意気なチビなのはかわらないね。」
彼の笑った顔。
いつまでも、そばにいてほしいと思う。
『Writted by ピコリ』