Merry Christmas
「あと何買うの」
「鶏本体とワイン!」
「ワインは先週頼んだのが今日届くはずだけど」
「じゃ、鶏だけ」
夕方、年末商戦真っ只中の下町の商店街を同居人と俺は歩いていた。
買い物なんて面倒なだけだが、本格的なクリスマスディナーを作りたい!と遼ちゃんが力説していたので、じゃあ荷物持ちくらいはやってやるか、てな気持ちになった。そのまま何も考えずに『いつもお世話になっている』という商店街へ連れてこられたわけだが。
異様なほどの人ごみである。何だこれ。人の頭しか見えない。そんな中、同居人はあちこちで声をかけられていた。
「お、遼ちゃん待ってたよ!」
「あ、ちょっと待ってー。『いとう』さん、鶏いいの入ってる?」
「あるよ!鶏もも骨付きでいいのかい?」
「今年は鶏まるごと焼いてみようかって思ってるんだけど」
「お、でっかいオーブンでも買ったのかい」
「そうなんだよ!」
…買ったのは俺だ。正確には買ったわけじゃなくて物件についてきてたんだがな。
しかしそんなことを言うわけにもいかないので、黙って買い物の様を背中から眺める。
「何かむっちゃでかくねえ…?」
「ちゃんと農場から仕入れたやつだよ。半年前から頼まれてたんだけど、キャンセルがはいっちまってな。訳あり品で1割引きでどうだい」
「買った!」
何かすっごく生き生きしてんなあ… 「よし、買い物終わり! せんせ持って!!」
「うっす」
既に両手には買い物袋が二つずつ。使い捨てじゃない、エコバッグだ。表にはどうやらアニメのキャラクターらしい卵型の物体がプリントしてある。
「しっかし、こんなに買ってどうするの…」
「せんせなら食うだろ」
「食うよ…3日くらいかけていいなら」
「あ、これうちの分もあるから」
「?」
「母さん料理壊滅的だからな。半分くらいとーるに持ってかせる」
…ああ。
実は、遼と俺は同居二日目である。
11月前半に俺が遼に告白し、つい2週間ほど前に遼がOKしてくれて、学校が冬休みを迎えるにあたって一緒に住むことになった。
…その経緯にあたっていろいろあったわけで。
遼は真面目だ。本当に真面目だ。真面目だから俺と付き合うことになったとき、両親にそれを報告して、結果、それまで住んでいた実家を出ることになってしまった。
俺のワガママを聞いてもらった手前もあるから、それについて悪かった、とは言えないけれど。
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「乾杯」
24日の夕方。
「また、随分と作ったなあ」
テーブルの上には既に半分に切られたローストチキンと牛のたたき、マッシュポテト、シーザーサラダ、クラッカーにサーモン、いくら、レバーペースト。
「楽しかったー!」
…そうか。まあ俺も出来る範囲で手伝ったりしたわけだが。じゃがいもの皮をむいたり、じゃがいもの皮をむいたり、じゃがいもの皮をむいたり。
「俺んち、オーブントースターしかなくってさあ。こんな大物焼けなかったんだよなー」
ワインを舐めながら、遼はにこにこしている。
「あまり酔うなよ」
「えークリスマスなのにー」
「クリスマスに面倒見させる気か」
すねた顔でこっちを睨む。…可愛い。
「早く力作食おう」
すっとぼけて、チキンを切り分ける。きれいな狐色。
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「だーかーらー。どーしてせんせはよわないんだおー」
「どーしてと言われてもね」
…で、結局こうなったか。既に呂律がまわってねえぞ。
「せんせー結構たべたじゃんー」
「遼ちゃんの作るご飯は絶品ですから」
正直に感想を言う。遼ちゃんのつくったディナーは三分の二ほどなくなっていた。レストランのような完璧な味じゃないけど、素朴に旨い。
「えっへへー」
顔を真赤にして、にへらと笑っている。…ええい、可愛いな。
「すごく頑張ったな」
頭に掌を載せて、髪の毛を軽く混ぜる。
「ねー、せんせー。楽しかった?」
「うん」
「よかったー。せんせ、人と一緒に過ごすクリスマスは初めてー、ていってたからあ」
ぽふっと、胸にもたれかかってくる。
「クリスマスは楽しいんだよ。おうちでごちそう食べて、プレゼント交換して、みんなで笑うの。せんせ、それ知らないんだ、て思ったら、俺がんばんなきゃって」
そういえばそんなことを言ったか。一ヶ月半前、気の早い街がクリスマスの曲を流し出すころ。
このごちそうは、俺のためか。
語る口調は煮溶けた餅みたいなのに、熱と重みとともに身体越しに伝わる。
「一人は寂しいよ。せんせは何でもないように言うけど、俺は怖いよ。怖くなっちゃった」
そっと、体重を預けきった身体を抱く。
「せんせ、一人じゃないよ。俺がいるから。俺も一人じゃない。せんせがいるから。そうでしょ?」
…ああ。
「ずっと一緒だよ」
腕に力を籠めて、背中を撫ぜる。
「…愛してる」
返事は寝息だった。
意識が墜ちたか。遼は酒に弱いから、ちょっと多めに飲むだけで酔っ払う。
…明日起きたら、覚えてないんだろうなあ。
けれど。俺が全部覚えてる。だから。
「Merry Christmas」
祝福を。お前と、これから一緒に過ごす時間へ。
『Writted by るりのん』