Playing Tag2
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「……あれ」
住宅街の路地裏。
パジャマを着た髪の長い少女が周囲を怪訝そうに見回していた。
家の布団に入って寝ていたはずだった。どうしてこんな場所にいるのだろう?
小さくくしゃみをする。冬の夜中だというのに、上着も着ていない。
「寒い……」
小さくかすれた声で呟く。
前にもこんなことがあった。あのときは見慣れた場所だったから、そのまま帰ってもう一度家で眠ったけれど、ここは見回してもどこなのか全くわからない。
どうしよう。
その瞬間に頭に何かが被さった。
すごく大きい……コート?
「そんな恰好じゃ風邪引くぞ、ガキ」
銀縁の眼鏡、オールバックに無精髭。
そんな出で立ちの大男が自分を見下ろしていた。
「──きーやーあーあーあーあーああああああ!!」
大男は面食らった顔をしながらも慌てて少女の身体を抱えて口を塞いだ。
「お前なあ……寒そうだからコート貸してやったのに、そんな人さらいに会ったみたいな悲鳴……」
ぶつぶつ呟いている。その様子を見て少女は抵抗をやめた。
男はようやく口を塞いでいた手を離した。
「……おじさん、ゆかいはんじゃないの?」
「愉快犯て」
「あ、違った。誘拐犯」
「全然意味が違うだろ。んでもってどっちも違ーうっ!」
少女はそんな男の様子をきょとんとした顔でみていたが、やがてうつむいてくすくす笑い出した。
「……おじさん、面白い」
「あー。その、『おじさん』もな……俺は若い。まだ若い」
自分に言い聞かすように呟く。
「だって、名前知らないもん。あ、こがね、よ。くがさわ こがね」
アスファルトの上に指で漢字をなぞる。
「草木の木に、お寺でつく鐘って書くの」
「可愛い名前だな」
「ほんとに? 友達は変な名前っていうの。嬉しいな」
にっこりと笑い──こがねはもう一度小さくくしゃみをする。
「あー、冷えきったな……」
藤城は周囲を見回す。が、深夜の住宅街。あいている店はない。
「嬢ちゃん、コーヒーは飲めっか?」
「ミルク入ってるのだったら大丈夫……」
がらがらん、と自動販売機の缶が落ちる音。
「ほらよ」
手渡されたのは──ミルクコーヒーのショート缶と……ひよこ饅頭?
「夜食にしようと思って持ってきたんだ。最後の一個だからな、ありがたく食え」
「……うん」
缶を握った指先がじん、としみた。
***
こがねがミルクコーヒーとひよこ饅頭を食べ終わった後、藤城はコートに包んだ彼女を抱えて歩きだした。深夜の住宅街。あいている店と言えばコンビニがせいぜいだ。
「藤城さん、ここどこなの?」
抱えられながら少女が呟く。
「隣町だ。そんなに遠かねえよ。……てっても、こがねの足じゃ相当歩いたよな」
「ふうん……」
こがねは小首を傾げる。
「こがね、ここまで歩いてきたんだ」
話を聞いててわかったのは、寝ている間の記憶がまったくないということだった。
夢を見てたのだ、と白い息を吐きながらこがねが呟いた。
「ママがいたの。こがね、ママの顔知らないんだけど、何となくママだと思ったの」
***
10分ほど歩いてようやく見つけた24時間営業のファミレスに入り、フリードリンクを注文した。
こがねがお茶を飲んでいるその合間に近くのコンビニへ行こうとして──背中から声をかけられる。
「よ」
数時間前に知り合ったばかりの若い男──草野とか言ったか。
「ほい」
茶色の紙包みを手渡される。中には女性用の靴下と靴が入っていた。
「……お前どこから尾けてた……?」
「さて。俺も『お仕事』なので」
草野はにやりと笑う。
「必要経費で後で請求するからよろしく」
「お前鬼か」
「鬼人だけに?」
「うちの経理怖いんだよ」
草野がくっくっと笑う。
「きっちりしてるって言ってくれ。……あんたがついてるならどうこうしないよ」
ぽんぽん、と藤城の背中を叩く。
「店に一人じゃお姫様が不安がるだろ。早く帰ってやれ王子様」
「そんなんじゃねえ」
憎まれ口を叩きながらも、心の中で恩に着て、藤城はファミレスへ帰って行った。
***
「こがねって名前、パパがつけたんだって。ママの目が綺麗な金色だったからって……変よね。目が金色のひとなんて、いないのに」
紅茶を淹れたカップを両手で持ち話し続ける少女を見ながら、藤城は小さく息を吐く。父親は彼女に母親が「鬼」であったことを伝えてないのだろう。無理もない。まだ10の子供だ。
「あったまったか?」
「うん」
「じゃ、帰るか」
「……うん」
少女の笑顔に陰が射す。
「ん? 帰りたかねえか?」
「ううん」
といいながらも少女の表情は晴れない。
「家でちゃんと寝ろ。じゃねえと育たねえぞ」
「うん」
少女はようやく立ち上がった。
***
少女を家に送り届けたのは、午前4時。
こがねは自分を包んでいたコートを脱いで、藤城に手渡した。
「コート、ありがとう。藤城さん寒かったよね」
「あー……大丈夫、俺は鍛えてるから」
「そうなの?」
頭を大きな手で撫ぜる。
「そうなの。こがねは子供なんだから大人の心配すんな」
「うん……」
「じゃあな」
コートを羽織って、藤城は踵を返す。
「あ、あの」
こがねが藤城を呼びとめた。
「ん?」
「……また、会える?」
「さあな」
「……そう……」
小さい返事を背に、藤城は歩き出した。
こがねの手にまだミルクコーヒーの缶が握られていたことに、彼は気付かなかった。
『Writted by るりのん』