[Prologue]

[Main story]
・First Impression
・Second Finding
・Playing Tag1
・Playing Tag2
・Playing Tag3
・Playing Tag Epilogue
・a little plots 01
・a little plots 02
・a little plots 03
・Merciful Murder 01
・Merciful Murder 02
・Doppelganger
・姫と王 01

[番外編]
・MerryChristmas[BL]
・相対正義論New
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・First Impression Side-b
・ep01 [BL]
・ep01.Side-b [BL]
・分かたれた家系

相対正義論6

泉谷家

泉谷の家は、古くから続く神主の家系である。9代目に当たる渓の祖父が実直な性格であるため数は少ないが、使用人もいる。
「おかえりなさいませ渓様」
父は普通のサラリーマン、母は普通の主婦、ごく普通の家に生まれた渓がこの家にやってきたのは、彼がまだ小学校に上がるまえだった。
この家に来るきっかけとなったのは、妹の葬式だった。渓は妹のことをよく覚えていない。棺に寄り添って泣く母、それを慰める父、茫然と見守る彼に、そっと手を置く祖父。

「あなたが、渓ですね?」
祖父の最初の印象は、ひどくやさしそうで、儚げな人だった。渓や父と同じ水色の髪を長くのばし、女性のように見えないこともないような中世的な面立ち。年齢は当時で50歳にはなっていたのだろうが、見た目は父と大差ないように見えた。祖父は渓をやさしく抱き上げると、母の傍らでうつむく父にやさしく、しかし一本の矢のようによく通る声でこう言った。

「渥(あつし)、約束通りこの子は今日から泉谷の家で育てます。」
父がこちらを見ることもできず、ただうなづくことで肯定したのを、今でもよく覚えている。ただただ広い部屋に怯えていた渓を抱いてくれた母も、小学校に上がるころには亡くなった。父はまだ、どこかで普通の暮らしを続けているという。だが特に興味もない。

制服から普段着の着物に着替える。洋服も持っていないわけではないのだが、特に外出の予定のない時は和服を着るときのほうが多い。祖父を訪ねてくる来客の応対など、和服のほうが都合がいいということもある。

リンリンリン

着替え終わったとき、玄関の呼び鈴がなった。祖父は留守だ。使用人が出るだろうが、家人は今自分ひとりだ。特に何もすることもないし、後で呼びつけられるのも面倒だ。渓の部屋は2階なので、階段を下りる。
廊下の向こうから、二人の声。新しく入った使用人の紗奈と、来客のものであろう若い女性の声だ。

「ですから、旦那様はただいま外出中でございます。」
鬼退治の家系の術師という職業柄、異犯と呼ばれる鬼の事件を扱う刑事が祖父を訪ねてくるのはよくあることだ。もう一人の使用人、ばあやの多美なら祖父が不在の際刑事をうまくあしらうのだが、紗奈はまだ慣れていない様子でオロオロしている。

「いいよ紗奈、僕が聞こう。」
「でも、多美さんから渓様には取り次いではいけないと…」
口を滑らす子だなぁと思いながら、いいからいいからと紗奈を追い返す。多美は渓がこの家に来るずっと以前からこの家で働いており、渓のことをまだ子供だと思っているのか、決して警察関係者の話を耳に入れさせようとはしない。流石に寄る年波には勝てないのか、つい先日ぎっくり腰を起こしたため暇を与えられている。

僕だっていつまでも子供ではない。
「本日は祖父がおりませんので、僕が代わりにお話しします。」
来客は出てきたのが年齢の若い渓だったせいか、すこし驚いた様子だ。赤紫色の瞳をぱちくりさせる。
「なんや、えらいかわいらしいお嬢さんやな。ま、ええわ。一昨日起こった事件のことなんやけど、その件でちょっと聞きたいことがあってな。」
お嬢さんと言われたことが少し引っかかったが、それよりも事件の内容に気を取られた。黒髪の若い女刑事と客間で対面する形で座る。霧咲千恵美と名乗った女刑事は、自らの警察手帳を差し出してから事件のあらましを話し始める。

事件が起こったのは一昨日5月8日、おそらく深夜。住宅街とも商店街とも言えない、中途半端なオフィス街のような建物が並ぶ高架下でそれは見つかった。
首を刈り取られた、おそらくは10代後半の男性の遺体。血液は全部失われており、致命傷となったのはおそらくは首筋にあった噛み傷だという。

「こういう妙な癖を持つ鬼、知っとる?」
渓は考え込む。
「いえ、古い鬼ではこういうことをする鬼は存じ上げません。鬼だとしたら、新しい鬼でしょうね。」
泉谷家は、術師として戦ってきた鬼の記録がある。それは泉谷代々の当主となるものにのみ伝えられ、外部に持ち出されることは許されていない。もし蔵書の記録を外部の者が聞き出したいときには、今回のように泉谷家のものに直接聞く必要がある。いちいち面倒くさいが、それは情報が漏れることを防ぐための泉谷の防衛策でもある。渓はまだ家督を継いでこそいないものの、当主になるべく一通りの鬼の記録、術、歴史には目を通している。

一部を持ち去るのは、その部分に何らかの恨みやコンプレックスを持つ鬼である場合が多い。
「それに、鬼だとしたら不可解ですね。精気ではなく肉を食らうタイプの鬼なら、首を切る際道具など使わなくとも素手でもぎ取れるはずです。歯で食いちぎるような野蛮な食事方法をとる鬼が、首を持ち去る時だけ道具を用いるというのは…。」
結局渓にもわかることは少なく、女刑事は帰った。
刑事が帰った後、渓は事件があったという高架下へ向かうことにした。鬼の仕業なら怨気が残っていることがある。2日も経っているならもう残っていない可能性もあるが、行かないよりはいい。何よりじっとして居られなかった。

『Writted by ピコリ』