相対正義論11
アパート
ピンポーン
安アパートの、それにふさわしい安っぽいチャイムの音が鳴る。
渓が学生寮として使われている安アパート、羽取の家の前に来たのは、式神阿がいなくなった2日後、警察から第二の事件を聞かされた翌日のことだ。
羽取はこの日、学校を休んだ。
渓は届けものを頼まれたということにして、でたらめな荷物を持って家まで来た。羽取の家に来る前に真木について調べたところ、どうやら真木は地方から上京し一人暮らしだったという。生前彼と知り合いだったということにして、借りてたものを返したいが、他にあてがないということでいいだろう。実際聞き込みをしている途中、知らない男性から預かったCDがある。ラップ系の、なんだか軟体唇モンスターのような名前が付いたとグループのものだが、渓はこういう音楽は聞かない。
殺人犯と思しき男の家に突如尋ねるのは危険なことにも思えたが、真昼の、しかも自分の家で何も知らない後輩を殺害するほど吹っ切れているとも思えない。まあ、端的に言うと渓が面倒くさくなったのだ。
念のために消えた式神阿の方割れ、吽を従えている。吽は阿と同じくらいの大きさで、見鬼の能力を持つ者には黒犬に見えるだろう。阿を消したのが羽取だとして、学校では阿に気がつかないふりをしていても、流石に同じような式神を見て少しでも動揺しないとは考えづらい。
ピンポーン
出ない…。
持ち去られた生首が家にあるとしたら、開けたくないのもわかる。しかし吽が反応していないということは、そういうものは無いということだ。吽は、通常の世界の臭いはよくわからないが、霊的な臭いを嗅ぎ取る能力には優れている。
ピンポーン
ガチャ
3回目のチャイムでやっとドアが開いた。
「…誰?」
本当に具合の悪そうな顔だ。
「羽取、侑真先輩ですよね?これ、真木さんから借りていたものなんですが。」
真木の名前を出した途端、羽取の顔色が変わった。
「…真木さんから?」
何かに怯えているような顔に、渓は疑問を持った。真木は羽取と一緒に殴られ、死亡した被害者だ。差し出した荷物に羽取が気を取られている隙に、式神吽が家の中に入り込む。
「ええ。」
「最近真木さんに会った?」
おかしなことを言う。
その怯えた顔からは、人間の気配しか感じない。部屋に上がり込んだ吽にも気が付いていない様子だし、羽取はただの人間だ。
「いえ、4月に借りて、真木さんが亡くなってそのまま…」
「そう…じゃあ俺が預かっとく。」
奪い取るように荷物を受け取る。すかさずドアを閉めようとする羽取に、吽が抜け出す時間を稼ぐ意味でも声をかける。
「先輩、真木さんと友達だったんですよね。じゃあ真木さんを殺した不良について何か知ってます?」
適当に思いついた質問だったのだが、意外と効果があったらしい。
「あんた、真木さんの何?」
「友人です。」
当たり障りのない回答。それでも相手は納得したようだ。
「帰ってくれ、これで…もう…終わりなんだ。次は…俺の番だ。」
乾いた笑い声。
「どういうことなんです?」
「わからないなら、よかった。帰ったほうがいい。」
今度こそ渓を追い出そうとする羽取。吽は戻ってきている。このまま帰っても問題は無い。だけど、羽取の態度がどうしても気になった。
「もう、かかわるな。」
安アパートの扉が閉められた。
「吽、どうでした?」
吽が、くぅんくぅんと鼻を鳴らして渓の周りをくるくると回る。
「何もなかったんですか。」
はふん、と首を縦に振る吽。
「吽、あなたは羽取先輩を見張っててください。何か行動を起こしたら、僕に知らせに来て。攻撃とかはしちゃいけませんよ。」
はぅんはぅんと尻尾を振りまくる吽を残し、渓は羽取のアパートを去った。
『Writted by ピコリ』