ep01.side-b
ep01の遼視点。BL注意。
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静かな夜。薄暗い部屋の中、枕元の灯りを頼りに俺は薄い雑誌をめくる。
雑誌は先程まで隣にいたベッドをシェアする相手が置いていったものだ。メインの記事は軍事ドキュメンタリー。サイドテーブルには他にも幾多の単行本や雑誌が積んである。ジャンルはミステリ、化学、文芸、エッセイとばらばらだ。
(雑食だよな)
漠然とページを繰る。ともに暮らすようになってしばらく経つが、せんせ──彼のことは未だによくわからない。
数時間前、いつものように寝ようとベッドに潜り込んだ。しばらくして枕元の携帯が鳴って、二言三言会話を交わし──一度着た寝間着から仕事着に着替え、優しいキスを残すと、慌ただしく出掛けていった。
彼には二つの顔がある。一つは教師としての顔。そしてもう一つは、トラブルシューター──『掃除屋』としての顔。
鬼の血を受け継ぐが故にただ平穏に暮らすことだけを願っていた自分。その自分が何故、最初は敵意さえ抱いていたはずの彼の求愛を受け入れたのか、数ヶ月経った今もわからない。
(あいかわらずいい加減だし人の感情逆撫でするようなことは言うし)
彼がちょっと留守にしただけで眠れなくなる現状にむしろ腹立たしさすら感じる。それでも。
寝間着に手を差し込み、自分の鎖骨を指でなぞる。
ここには、さっき彼が落としていった跡がある。
肌に触れた感触と落ちた吐息を思い出して、身体が少し熱くなる。
雑誌を閉じ、手を伸ばして──脱いだまま放置された彼の寝間着を取る。
(……今日は藤城さんと一緒なのかな)
くしゃくしゃに丸めた抜け殻を抱え、身体を丸める。かすかに漂うコロンの香り。
(服汚してくるなよな、染み抜きとか面倒だし)
血の匂いは──精神が高揚して、自分の中にいるもう一人の自分を揺り動かす。せんせはその自分ごと好きだと言ってくれるけど──やはりできることなら、自分のそんな一面は見せたくない。
カーテンの布越しに入り込む光が色味を変える。もうそんな時間なのか。
かちゃり。玄関の鍵が回る音に、跳ね起きる。抱いていた寝間着を元の位置に戻し──
カランの回る音、シャワーの音、水の跳ねる音。
ベッドルームの扉が静かに開く。
「おかえり」
せんせは少し複雑な笑顔を見せる。
「寝ていてよかったのに」
「テストの採点が残ってたんだよ」
見透かされそうな嘘をつく。追及したりしないけど、せんせも嘘だとわかっていると思う。
せんせが隣に腰掛けた。そのまま左の頬を掌で包んで──唇を重ねてくる。
いつもと違う性急さに途惑う。
「……せんせ?」
返事のかわりに返ってきたのは、さらに深いキス。そのままゆっくり体重をかけられて、後ろに倒れ込む。
背中に腕を回して、抱きしめる。それが『いいよ』のサイン。
身体のあらゆる場所に口づけられる。重ねられる愛撫。気持ちいい場所を的確に探り当てられて、どんどん快楽の淵に落ちていく。
徐々に暴かれていく感覚。心の中までも掴まれそうな──
悔しいから抑え込むけど、抗えば抗うほどに深淵に近づいていく。
恋とか愛とかよくわからない、けれど。
せんせ、気付いてるか。あんたがこうやって俺を抱くときは、とんでもなく切なそうな表情になってるって。
「……ごめん」
「謝るくらいならすんな」
言い返した俺の声は微かに掠れている。
そうだね、と言って微笑う顔。やめる気なんて毛頭ないくせに。
せんせは俺が知る限り一番強い男だけど。
そのせんせが俺の前でだけあんな表情を見せられるのなら、俺はそれを受け止めたいと思う。
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「なあせんせ」
まどろみの淵で、囁くように呟く。
「俺、せんせのこと好きかも」
「ん?」
「……何でもねえよ」
俺は背中を向けたまま、布団を目深にかぶる。
「知ってる」
布団の上からかぶさった腕の重みを感じながら──誘われるまま俺は眠りについた。
『Writted by るりのん』