姫と王01
皇夜くんと雛姫の出会い、みたいな話。
まだここまでだと単純なボーイ・ミーツ・ガールみたいな感じですwww
続くます。
……ああ、今日も居る。
大学と一人暮らしの中間を結ぶ図書館に併設された、小さな公園。木々に囲まれたベンチにちょこんと座る美少女。いや、美少女という言い方もありふれてて嫌だな。大人になったらさぞかし正統派美人になりそうな、そんな面立ち。
図書館の玄関にある自販機にコインを入れる。図書館内は飲食禁止、だからこの場で蓋を開けて飲み出す。この場に立ち止まってるのに言い訳のいらない状況。
ちょっと古めかしいセーラー服。袖がふくらんだ…あれは何て言うんだ?スカートは長すぎず短すぎず、というか入学時買ったものを特にいじることなく着ているのだろう。何か優等生な感じ。
あ?何でそんな観察してるかって?
俺と彼女が全く縁もかけらもないという状態なら、これは俺という地方から上ってきた大学生が都会のお嬢様っぽい高校生(に見える)彼女が気になってるって構図だよな。
けど、彼女と俺の出会いはちょっと尋常ではなかったのだ──
最初に会ったのはこの図書館からちょっと離れた大通り。2週間くらい前か。夕方に近いという時間もあってか、彼女と同じ制服の女の子や学ランを着たガキがちらほら歩いていた。
俺はというと、今日も来ているこの図書館に行くために大学からつながってるその道を歩いていた。
いつも通りの、風景。それが破られたのは、一瞬だった。
唐突だけど、俺霊感ぽいものがあるんな。あまり具体的な説明じゃないんだけど、『悪いモノ』がそこにいるとわかる、みたいなの。
『それ』を感じて振り向いたのと、背中に衝撃を感じたのが、ほぼ同時だった。
…どうせ分かるんならもっと早く察知できればいいんだけどなー、とは思うが仕方ない。
ともかく、背中にぶつかってきたのは女の子だった。むっとこなかったのはぶつかった感触が軽かったのと、彼女が美人だったからだろう。俺って正直。
「ご、ごめ…」
「いいよ。だいじょうぶ?」
「え、ええ…」
答えながらも、彼女は後ろをちらちらと気にしている。これは、追っかけられてきた、ってやつか? 時々あるんだ。霊を感知しやすいやつには『悪いモノ』が寄ってきやすい。
案の定、周辺に濃い気配が漂ってきている。
『縛』
俺は小さく呟いた。
じわじわと近づいてきていた『気配』が硬化する。
『力ある言葉』、呪(まじな)い。本来は護符と併用するらしいんだけど、俺の場合言葉だけでも効果がある。
『去(い)ね』
瞬間、『気配』は霧散した。
「怖かったでしょ。でももう大丈夫だよ」
俺は女の子の肩を軽く叩く。
「…朱徳、さま?」
「…へ?」
女の子が口にした呼びかけに、俺は思わず素っ頓狂な返事を返した。俺はそんな名前じゃないよ、てのと、何で『朱徳様』知ってるの?という。
「あ、あの、俺皇夜貴紀(かみや・たかのり)っていうの。朱徳様じゃないから」
…第三者が見たら訳のわからん会話だよな。と思いつつ。
『朱徳』様というのは、俺の故郷で祀られてる神様なんだ。俺もあまり詳しいわけじゃないけど、昔冤罪で島流しになった時の皇族で、赦してもらおうと必死になっていろいろやったけど認めてもらえなくて、終いには怨霊になった──とかいう。怨霊は神様じゃない…ていうけど、島の人間は冤罪でこんな地の果てまで連れてこられた朱徳様に同情して彼には親切に接し、それを感じ取ってくれた朱徳様も島の民にはとても紳士的に接していたという。最後に彼が怨霊になったのを悲しんだのは、彼の恋人と島の民たちに違いない。ともかく都では悪神となった彼を、島の民は神様として祀ってきたってこと。
だからその島の出身である俺は朱徳さまとまったく縁がないわけじゃないけど…でもちょっと霊感みたいなんがあるからって朱徳様って呼ばれるのは何か恐れ多いというか。
でも彼女は、なぜ朱徳様の名前を知っていたんだろう?
「あ…ごめんなさい…」
その彼女は、ちょっと生気の戻ってきた顔で、でも申し訳なさそうに言った。うー、気まずい。どーしよ。
俺は周りを見渡して、近くにあった自販機で小さいお茶のペットボトルを買い、彼女に渡した。
「…あの…」
「本当は怖い思いしたところだったんだから、お茶でもおごって落ち着かせてあげたいところなんだけど、さ。何か初対面で喫茶店に誘うのも何かナンパみたいで嫌じゃないかな、て」
…俺は何をそんなに言い訳しているのか。彼女はきょとん、としたがすぐにくすくす笑い出した。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
あ、やっぱり。笑った顔はさらに可愛い。
「百羽雛姫(ゆわ・ひなき)です。百の羽、でゆわ、鳥の雛と姫でひなき」
「百羽の雛のお姫様か」
「そうなんですよ。ちいちゃいときは年上の親戚からぴよちゃんとか呼ばれたりして…あ、ぴよちゃんとか呼んじゃいやですよ?」
ああ。彼女なら小さい時からかなり美人だろうな。
「…これで私、かみやさんとお友達になりました」
…へ。さすがに今度の素っ頓狂な返事は心の中に留める。けど、何だって?
「よかったら、仲良くしてください」
…で、言われるがままにメルアド交換したりして。
その後、彼女を二日にいっぺんは見かけるようになった。
本来なら気味悪がるところなんだろうけど。何だか、妙に懐かしい感じがして──嫌な気はまったく起こらなく。
でも、俺は一介の田舎から上京してきた大学生で、メール交換とかの習慣も特になくて、結局自分からはアクションをおこしていない。実際俺の成績は努力して中の上くらいなので、大学3年生の授業が専門化してきてかつ就職活動もしなくちゃならないなんてこの時期にあまり女の子と遊んでいる余裕はないのだ。
それに、彼女も無理してあの場所に居るわけじゃないらしい。雨の日には見かけないし、あのベンチに座っているときは図書館で借りた本と授業のノートらしいものを広げている。
…そう、意図してあそこにいつもいるのか、それとも単なる偶然なのかを見極められないのがこのもやもやの原因なのだろう。
そのまま図書館に入り、何時間かが過ぎ。
閉館の時間。玄関を出ようとすると、ぽんぽん、と小さな音が聞こえた。
ジャンプ傘を次々に開く音だ。夜半から雨だ、と言っていたので俺も傘を持参していた。
ふと公園に目をやり、目を疑う。──彼女が座っていた。
傘をさし、彼女のそばにいく。
「あ。かみやさんこんばんは」
「どうしたの、こんな時間まで。傘は?」
「忘れちゃったんです。朝家を出るまでは持って行く気だったのに…」
…どうやら見かけによらずどじっこらしい。
「…あの、さ。もし嫌じゃなければ送ってくよ」
彼女が目を見張る。
「いや、さ。一生懸命勉強してたのに、風邪ひいちゃ仕方ないだろって」
「よかった」
彼女が微笑う。
「かみやさんに避けられてるかと思っていました」
「避けてないよ」
…近づきもしなかったけど。
「ほら、年頃の女の子に得体のしれない男がまとわりついたら変でしょ」
「得体の知れない、てかみやさんのことですか」
「…まあ」
頭をかく。
「大丈夫です。かみやさんはいいひとですから」
「姫ちゃんねえ」
「姫ちゃん、て私のことですか」
あ。しまった。自己紹介のときの言葉が印象に残ってて、心のなかでずっと彼女のことを「ひめちゃん」て呼んでいたのだ。
ああもう。何て返せばいいのかわからない。
「素敵な、アダ名です」
ただ、わかったことは。
出会ったときには、すでに彼女に囚われていた、ということだった。
『Writted by るりのん』