Playing Tag Epilogue
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「藤城さん。……藤城さん!」
「んあ」
藤城はぼんやりと目を開く。
「何してるんです、もう働く時間ですよ?」
呆れたような表情で、ひっつめ髪の女性が見下ろしていた。
栗原美愛子(くりはら・みあこ)。藤城霊媒事務所の経理兼総務をつとめており、平日だけ出勤している。そういえばもう月曜日だった。
「あー、悪ぃ……土日働きづめだったもんで」
「まあ緊急の仕事もありませんから寝てても構いませんけど、見苦しいから奥の部屋でって前から言ってるじゃないですか」
「うん、それはそうなんだけどちょっとそういう訳にもいかない状態になって」
「何言い訳してるんですか」
そのとき、奥の部屋の扉からこがねが顔を出した。
「おはようございます、藤城さ……」
その挨拶は美愛子の絶叫でかき消された。
「ふじ、ふじ、ふじ、ふじ……」
「何……」
「いくらうちの事務所が赤字続きだからって……」
「ちょっと待ておい」
「何こんな可愛い女の子を誘拐してきてるんですかあああああ!」
「お前まで俺を誘拐犯にするなあああああああ!!」
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数十分後。
土日に起きた事件のあらましを聞き終わってようやく美愛子は平静な表情に戻った。
「事情はわかりました。でも、彼女の身柄はどうするんです?」
「それなんだよな」
藤城は腕組みして煙草をくわえたままソファにもたれ掛かり天井を仰ぎみる。こがねは、大学の授業がなくて暇だという清水が買い物がてら連れていって不在だ。
「子供とはいえ女の子だからな……こんなむさい職場においとくのも」
「それもそうですし、そんな金銭の余裕この事務所にはありませんよ」
「ああ、当座の分は今回の報酬で……」
「先月の分の経費充当がまだできてませんが」
「う」
そうなのだ。いくら藤城の霊媒としての腕が高くても依頼の数は少なく、よって赤字が続いている。
「藤城さん、仕事は選ばないし、簡単に値切られるし……」
「それしか払えねえってんだから仕方ねえだろうが」
「私達の生活がかかってるんですから気軽に値切られないでください」
「……」
「いつまでもスポンサーのお慈悲で暮らせる訳じゃないんですから」
まあ、普通はそうだ。
二人が同時にため息をついたとき。事務所のドアが開いた。
「藤城さん、いる?」
「おう」
草野だった。藤城はむくりと身体を起こす。
「どなたですか?」
「さっき話したろ。こいつがさっき話に出てた協力者ってやつ」
「ああ、報酬の四分の一を持ってったとか言う」
「違うだろ、四分の三をこっちに配分してくれたんだろーが。お前」
草野は藤城と美愛子のやりとりに目を丸くしている。
「……あのさ」
「何ですかっ」
「そういう会話を大声ですると、大家さんに聞こえちゃうんじゃない? 大家さん最上階に住んでるみたいじゃない」
今更ながらに美愛子は黙り込む。
その様子を見て藤城はほっとした顔で入り口に寄ってきた。
「で? 用件は何だ?」
「ああ、お嬢さんのことなんですが」
「おい、立ち話も何だからさ、中入れよ」
「いいんですか?」
「おう」
「じゃ、お邪魔します……おっと」
受付カウンターにぶつかり、何かが落ちた。草野は反射的にそれを拾い──
ばちっ。
拾ったそれをまじまじと見つめる。
「……え……」
「何だ? どうした?」
「いや、何か静電気みたいなのが走って──」
美愛子がはっとした表情で受付カウンターに寄ってくる。そのまま無言で草野の掌からそれを奪い取り──すぐ脇にあったノートPCに差し込んだ。
「あ──あああああああああっ!! 消えてるううううううううう!!!!!」
そのままきっと草野をにらみつける。
「何てことするんですかああああああ!」
「……もしかしてそれって……霊的に清めてあったんですか」
「当たり前でしょうおおおお! 霊媒事務所なんですから!!」
美愛子は草野に詰め寄った。反射的に草野が後ろに一歩下がる。
その隙に美愛子はカウンターの引き出しから『KEEP OUT』のテープを引っ張りだして入り口を封鎖した。
「もう出入り禁止ですから!」
「ああああ! 草野、外行こう、外! 喫茶店!!」
「経費じゃ落としませんからね!」
「わあったから!!」
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「あー……ほんときっついですねえ」
歩いて5分ほどの場所にあるチェーンの喫茶店。日の当るオープンテラスに草野と藤城は向い合って席をとった。
「もーしわけない……」
「いや、俺も何か壊したみたいだし……あれ一体何ですか」
藤城は煙草に火をつけ、深く息を吸い込んだ。
「ああ、あれは祓ったやつ入れてあったUSB」
「USB?」
「うん。USB」
「初めて聞いた」
「日本だけらしいよ。そのうちアジアにも波及するかもな」
「ああ、一神教の国にはなじまないかもですね」
草野は飲み込みが早い。いちいち説明するのは面倒だからこの回転の良さはありがたい。
「この業界もハイテク化するなあ……俺弁償したほうがいいですかね」
「いいよ……あんなところに放り出してたあいつも悪ぃから」
「ちなみにお値段は?」
「原価1GBで300円、データ1件につき相場で500万円ってところか」
「うあ、今回の仕事だけじゃ払えないですね」
「だからいいんだって。どうせ売る気ないし。だったらタダも同然だろ」
「……闇ルートですか」
「そ。金の亡者に見えて、美愛子もわきまえてんの。だから『これは売ったら500万なんだぞー』ってにまにましてるだけなんだよ」
藤城はアイスコーヒーをずずっとすする。
「さて、本題に入るか……その前に」
「はい?」
「レーコもういっぱいおごってもらってもいい?」
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草野との話が終わり、事務所に戻ると清水とこがねが帰ってきていた。
「お帰りなさい。草野さんとのお話は何でした?」
「あー、その話なんだが……」
藤城はちらっとこがねの顔を見る。
「……あー……ちょっと早いけど、昼飯にすっか。清水、こがね、一緒に来い」
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結局。藤城が話を切り出したのは、食後のデザートが出てきてこがねがそれに一口つけたぐらいのタイミングだった。
「……こがね。お前、巫女になる気ねえ?」
「……」
「神子、ですか」
咄嗟に返事を返せないこがねに変わって、清水が口を挟む。
「んにゃ。こがねはその……鬼人だろ。だから、守人のほうの巫女」
「そりゃ悪くないですが、この辺で巫女の修行ができるとこなんて──まさか」
言いかけて──絶句する。
「そ。泉谷神社」
「藤城さん。それどうやって頼みこんだんです? 俺の名前を出したとしても泉谷に要求が通るはずが」
「だから、それが草野の話。あいつのじいさんが泉谷の当主と面識があったらしいな。二つ返事で了承を得たらしい」
「それこそおかしいですよ。なまじ面識があるくらいじゃ泉谷の当主と交渉どころか、面会できるかすら──」
「あいつのじいさんてのがそれくらいの大物だってことなんだろ。……それにこの話の重要な部分はそこじゃない。こがねのこれからだ」
「……こがね、ここにいちゃいけないの?」
ぽつりと、言葉が落ちた。
「んー、だめってわけじゃないけど……暮らすにゃ、ちょっとむさっくるしいだろ」
「藤城さんは住んでる。右京さんも」
「そりゃあ俺はあの事務所の主だからさ……でも、女の子が住むにはちょっと汚いし」
「ユキちゃんだって住んでるし」
「ユキは男だ」
「掃除するし。こがね、藤城さんのところがいい」
藤城と清水は顔を見合わす。まさかそういう抵抗が来るとは思っていなかったのだ。
「……ごめんなさい。わがまま言いました」
「いいんだ、こがね。むしろお前のわがままを聞いてやれなくて悪い、と思うよ」
藤城がこがねの頭を撫ぜる。
「けどさー、俺やっぱり女の子は可愛く綺麗でいられるところに住んだほうがいいと思うしさ……もし、お前が巫女さんになってくれたら、一緒に仕事できるし」
「……藤城さんの役にたてるの?」
「そりゃあもう」
「……わかった」
こがねはそのあと、小さくごちそうさま、と言った。
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「これでよかったんですかね」
すこし前をゆくこがねの背中を見ながら、清水がぽつりとつぶやく。
「わかんねえよ。俺は神様じゃねえ」
だけど、と藤城は呟く。
「あいつも、これからだろ。これから、楽しいこととか幸せなこととかたくさん覚えて──可愛い女の子になってもらわんとな」
『Writted by るりのん』