First Impression Side-B
First Impression の遼視点
月の赤い夜。こんな夜には、鬼が出る。
譬え話ではない。だって、ここにいる。
「お願い、助けて! 追われてるの」
よっぽど切羽詰っているのか、若い女は全くの初対面にも関わらず俺の懐に飛び込んできた。
「どーして」
「どーしてって……だって、あなたも」
「『俺』も?」
「……あなたも、鬼でしょ?」
しがみつく身体をひきはがし、突き放す。短い悲鳴を上げて、女がアスファルトに倒れ込む。
「そうだよ、残念ながらね」
懐から護符を取り出し、喉の奥で、呪(まじない)を唱える。
「……どうして……?」
怯えた目をして、女が俺の顔を見つめる。
「ここにはお前らがいる場所はねぇんだよ」
「じゃ、せめて見逃して! あの人が待ってるの!」
「エサか」
「そんなんじゃない……!」
話が通じないことを悟ったのか、女は身を起こし俺の傍らを抜けようとする。
だが遅い。
「──縛」
女がへなへなと座り込む。
その足元には、五芒に光る陣。
「あんたにその気がなくても、のちのち迷惑を被るのはこっちなんだよ」
「……何を、言っているの……?」
涙に濡れた顔。ほんの少し、同情を感じる。
だが、躊躇するわけにいかない。
「剥」
俺は遠慮無くその呪を口にした。鬼は心に宿る。だから、その心を引き剥がす。
女の身体が崩れ落ちた。
魂の抜けているはずの瞳が、俺を見ている。
「恨むなよな」
勝手な言い草だと思いつつ、俺は踵を返す。
──足音が近づいてくる。
袋小路だ。入ってくる人間とすれ違わずに出て行く方法はない。
面倒だ……見つかったら有無を言わさず昏倒させるか。
そんなことを考えたが、現れた人影を見ておれはその考えを却下した。
現れたのは、俺よりよっぽどガタイのいい、長身の男だった。
その手には、アンチマテリアルライフル。
「──ああ」
そういえば、女は『追われてる』と言っていた。
「手負いだったのか。道理であっさり死んだと思った」
色素の薄い髪。月光に照らされた顔には──黒と青の石。
「あんたの獲物だろ? トドメさしちゃってごめん」
「──いや」
低い声が返事する。
「弾が節約出来て助かった」
「──へえ」
この非常事態にジョークで返してくる。彼は俺を問い詰めるつもりはないようだ。
どうやら話の分かる奴らしい。この、鬼特有の猫金目(キャッツアイ)も確認しているだろうに。
「──『それ』。じっくり見せてほしいところだけど、あまり時間ないんだ。帰らないと」
「そっか」
彼の傍らを抜ける。
「あんた面白いからまた会えるといいな。じゃ」
社交辞令。面倒だから、本当はもう会わないにこしたことはないけど。
繁華街に出る。街は無関心だ。猫金目をさらけ出しても、誰も声をかけてきはしない。むしろそれにすら気づかないのかもしれない。
だからこそ、俺は生きていかれる。
(……『遼』はまたぐじぐじ悩むんだろうけどな)
悩んでも仕方あるまいに。同じメンタリティを分け合っているのに、おかしなものだ。
ふっとさっきの男の顔を思い出す。まっすぐに俺の顔を見つめていた。
そういえば、この猫金目を見て怯まなかった人間は、初めてではないだろうか。
「もう一回、会えるかな」
面倒になるとは分かっているけど。
……もう一度会ってみたい、と。
赤い月の下で、俺は思った。
『Writted by るりのん』