ep01
時系列無視で息抜きに書いたです。
現代伝奇ということで、ちみっとグロ?、で、ちみっとBL。(ぬるいですけど)
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月の赤い夜。
そんな日には鬼に遭いやすい──というのはジンクスというよりも俺の人生の中での統計学的なものだ。
俺は足を止める。少しして後ろをついてくるヒールの音も消えた。
「気づいたのね」
振り向くと、そこには高い赤いヒールを履いた女。
「……俺に何か用?」
「あなたがあまりにいい男だから」
女は歩み寄ってくる。
「へえ」
俺は軽く笑みを浮かべる。
気の強い美人、といった雰囲気だった。長い髪をウェーブにし、胸の大きく開いたワンピースを大胆に着こなしている。
「私、見ちゃったのよ。あなたがあやかしと戦ってたところ」
「そう」
俺はシガレットケースから煙草を取り出し、くわえ、火をつける。
「……『見える』んだ?」
「ええそうよ」
あともう少しで接近──という処まで来て女は止まった。
「無粋な人ね。人が話してるのにおもむろに煙草吸うなんて」
女はくすっと笑う。
「そりゃ失礼」
「でもいいわ。あなたいい男だし、強いから」
女が腕を伸ばす。そのまま俺の頭を引き寄せ──唇を重ねた。
俺も彼女の腰に手を回し、抱き寄せる。彼女の舌が俺の舌を絡めとり、強く吸う。
そのとき。
「……何?」
「どうしたの?」
「何か飲み込んだ」
「ええ」
女が妖しげに微笑う。
「『美味しかった』でしょ?」
口に侵入り込んできた『それ』は甘い香りと味を強烈に口内に残し、身体の中を落ちていく。
身体が熱い。
「それは、蟲よ。身体の中で孵り、内側から栄養を摂取して瞬く間に繁殖していくの」
意識が朦朧としていく。
ぼんやり翳る視界の中で、女の姿が変化していく。
「さっきあんたが殺した鬼は、私の大事なひとだったのよ」
「……だが」
俺はようよう、声を出す。
「お前たちは自らの快楽のためだけに何人も人を殺した」
「ええ。何がいけないの? 先に手を出したのはあいつらよ」
──それは、事件の調査の裏付けでわかっていたことだ。
「だが、確実にそいつらを殺すために、無関係の子供も巻き添えにしたろ?」
「仕方ないわ。ただ殺すだけじゃ飽き足りないもの」
意趣返しのために。
幼い子供を目の前でなぶり殺し──そのあと、復讐の相手を長時間かけて傷めつけた。
「そうか」
目の前に迫る、長い鋭い爪。
俺はその手首を握った。
そのまま、力任せにぶん投げる。
「!?」
女が目を見開く。
俺は大きく咳き込み──塊を吐き出した。
アスファルトに落ちたのは、団子虫にも似た虫。たくさんの足を細く動かしていたが──やがてその動きを止めた。
「まさか──」
「会ってすぐ口説いてくる美人は信用しないことにしてるんだ」
口許をぬぐう。
「お前……人じゃないのか」
「……だったら?」
正確には鬼人だが、あえてそれは伏せる。
「であれば何故!お前とて人を憎む存在なのだろう?」
「あいにく。
そこまで暇じゃねえな」
女がとびかかってくる。
そして──
雨が落ちてきた。
足元には女の亡骸が落ちている。
魂の抜け落ちた鬼の身体は、人の身体に帰る。
鬼はもともと人であるのだから── 哀れと思うほど同情する気にはなれない。が、無常を感じるのはいつものことだ。
恨み。人にそもそも備わる感情。それが積み重なり、人は鬼に近づいていく。
「ただいま」
小さく呟く。
シャワーを浴び、口をゆすいで──
「おかえり」
寝室に入ると、恋人が上半身を起こしてベッドに座っていた。
「寝ていてよかったのに」
「テストの採点が残ってたんだよ」
時間は夜の3時。
俺は恋人の隣に腰掛けると、頬に掌を添えて唇を重ねた。
「……せんせ?」
そのまま倒れ込む。
背中に手が回る。温かい。
一瞬泣きそうな感情を覚えながら──俺は恋人の襟のボタンに手をかけた。
『Writted by るりのん』